2011年12月27日火曜日

1回目の通院

退院後初めての通院。クレアチニンが上がっていたけれど、退院すると必ず上がると言われてたのでまあまあの結果ではないだろうか。それよりも尿蛋白が下がってくれることの方が大事だ。
Cr1.86 P 2+

2011年12月18日日曜日

退院直後にまた救急車?

退院翌日の夜中、突然叫び声が聞こえたので飛び起きてみると、隣でうずくまっているダーリンの姿が。。。膝に激痛がはしりかなり苦しんでいる。急いで痛み止めを飲ませてたら、数時間で少し痛みが和らいだが、一体なんだったのだろう・・・。
とりあえず次の日の夜が来るのが怖かったが、眠りについたのでホッとしているとその矢先にまたうなり声が・・・。膝が痛すぎて動けない・・・。退院直後だったので病院には行きたくなかったが、しかたなく夜中の2時に救急車を呼んだ。
膝のレントゲンでは特に異常はなかった。多分ベッドで寝ている生活が長すぎたからそのせいで急激な痛みが出たのではないだろうか。

2011年12月16日金曜日

入院107日目 ついに本日退院!

病院でクリスマスとお正月を迎えることなく、本日無事に退院!
107日間の長い病院生活にやっとピリオドを打つことができた。
仕事帰りに毎日見舞いに通い、夜道を泣きながら帰る日々も今日で終わり。
スタッフのみんなに暖かく見送られて病室を出るときは感無量だった。
紫斑病性腎炎との戦いはまだまだ続くが、今日はひとつ大きな山を乗り越えて前進できた記念日。
ダーリンと私の誕生日も合わせて今夜はお祝いだね。

2011年12月9日金曜日

入院100日目 IVCY(エンドキサンパルス4回目)

今日が4回目のエンドキサンパルス。1日長いが効き目が出ているだけに、更なる効果を期待。
翌日から3日間のグロブリン補充も行う。

2011年12月8日木曜日

入院99日目 クレアチニンまた下がる!

外泊後に少し上昇していたクレアチニンが、今日は初の1.58。
今までで最高の結果が出て涙が出るほど嬉しかった。
もしかしたら慢性腎炎ではなくて急性腎炎ではないのか?なんて期待できる数字だ。

2011年12月2日金曜日

入院93日目 3度目の外泊

CRPの数値がぎりぎりだったけど外泊許可が無事に下り、夜にタクシーで帰宅。
長い病院生活の疲れやストレスから少し解放されて嬉しそうだった。

2011年11月28日月曜日

入院88日目 クレアチニンまた下がる!

先週に引き続いてまたクレアチニンが1.74まで下がった。医師もここまで下がるとは予想していなかったようでびっくりしていた。もしかしたら奇跡が起こってるのかも?でもこの治療中(免疫抑制剤)は感染症などのハイリスクが常にあるので油断大敵。
今日はレントゲン、皮膚科、リハビリと終日忙しい日だった。
Cr 1.74 GFR 37.3 Protein 4.55

2011年11月25日金曜日

入院85日目 IVCY(エンドキサンパルス3回目)

エンドキサンに反応しているので、3回目の点滴を行うことに決定。朝から始まり、終わったのが翌朝の5時半だった。きつい薬(抗がん剤と同じ)だけにずっと気分が悪そうで、見ているだけで辛そうだった。今回はグロブリン補充はなし。保険で適応できるのが月に1回までだからだそうだ。

2011年11月24日木曜日

入院84日目 またクレアチニン下がる!

今日またクレアチニンが1.83まで下がっていた。もうそんなに下がることはないと予想されていただけに、奇跡が起こっているようだ。血尿も止まって、残るは尿蛋白。これが減ってくれればもう言うことなしなんだけど、まだネフローゼレベル。でも必ず0になってくれると信じてる。
Cr 1.83 GFR 35.3 Protein 4.75

2011年11月19日土曜日

入院79日目 2度目の外泊

昨日の検査でクレアチニンがまた下がって初めての1.96。
嬉しいニュースとともに外泊許可が出たので、朝一番にまた病院へ。タクシーで10時前に帰宅。
この日のために購入した低蛋白食品を使って好物のハンバーガーを作った。
病院の食事はしょうゆベースの日本食が多いので、久しぶりの洋食に大満足の様子。
 低たんぱくのバーガーパンに牛肉、アボガド、たまねぎなどをサンド。
大好物のハッシュポテトは塩分が高めなので1つだけ。
でんぷん米でドライカレーに挑戦。でんぷんの臭いがせず美味しく食べれました。

2011年11月15日火曜日

入院76日目 クレアチニン下がる!

エンドキサンパルスとグロブリン補充を終えて恐怖の血液検査と尿検査。いい結果が出ますようにと祈りながら午後に携帯を確認すると、ダーリンからメッセージが届いていた。
”新記録が出た。クレアチニン2.04!”それを見て思わず涙が出そうになった。たんぱくはまだ減少していないし、血尿も続いているけれど、もしかしたら回復傾向にあるのかもしれない。
一度壊れた腎臓は元に戻ることは難しいけれど、奇跡的に良くなってくれることを祈る!
Cr 2.04 GFR 31.3 Protein 7.66

2011年11月11日金曜日

入院72日目 IVCY(エンドキサンパルス2回目)

今日は2回目のエンドキサンパルス。今回は、効果が出始めているようなので前回より少し量を増やして行った。個室で一人ベッドに横になってずっと点滴を打っているとすごく人恋しくなるみたい。仕事中にダーリンから何度もメッセージが届いた。大量に水分を入れるのでお腹が水バラになり、気分が悪くなるみたい。でもこれで効果が出てくれるのなら耐えられる!と彼は弱音を吐かずに頑張っていた。

2011年11月10日木曜日

入院71日目 エンドキサン効果

最近順調に体重が減少しており、現在92kg。エンドキサンが効き始めたのか、足とおなかのむくみの原因である水が尿で出ていっているみたい。確かにネフローゼ症候群には効果が高いと言われていたので、きっと薬が反応してくれているのだろう。クレアチニンも下がってきてちょっといい傾向だ。
Cr 2.25 GFR 28.1  Protein 7.47

2011年11月5日土曜日

入院66日目 初めての外泊許可

今日は前回の外出から少しレベルアップ!土曜日1泊外泊許可が出た。
血圧計を購入して、献立も立てて準備OK。朝からまた病院へ向かえに行き、タクシーで帰宅した。
家では横になりたくないと言ってずっと座っていたら、夕方くらいに足のむくみが激しくなった。まるで象さんのよう。
今日は毎日飲んでいる睡眠薬を飲まないでみようとベッドに入ったが、やっぱり眠れなかった・・・。
 でんぷんミックスでホットケーキを作りました。低たんぱくだけど味も香りもよかった。
サーモンのホイル焼きと春雨サラダ&酢の物。低たんぱくな春雨が大活躍!

2011年10月31日月曜日

入院61日目 エンドキサンパルスとグロブリン補充終了

初日のエンドキサンに加えて、3日間免疫グロブリンの補充を点滴で行った。
少し熱が出て体がだるいようだったが、副作用がでることなく無事に4日間の点滴終了。
Cr 2.46 GFR 25.5  Protein 8.87

2011年10月28日金曜日

入院58日目 IVCY(エンドキサンパルス1回目)

朝から点滴開始。エンドキサンが入るのは1時間くらいだけど、副作用を防ぐための点滴が前後にあるので、結局は1日中かかり終わったのが夜中3時。経口のステロイドは今日から50mgへ。最初の80mgのことを考えればずいぶん減ったけど、まだまだ退院できるレベルではない。血尿はまだ続いていてピンク色。
Cr 2.72 GFR 22.9  Protein 8.01

2011年10月23日日曜日

入院53日目 初めての外出許可

今日初めて外出許可が下りた。8/31帰国した際に10分ほど自宅にいたことを除けば、
7/29出国して以来の帰宅だ。朝一で病院へ行き、タクシーで自宅へ。
私にとっては初めての腎臓患者向け調理。たんぱく30g、塩分3gで献立を作成。
今まで計量したことなく料理をしていたので、最初はどうなることかと思ったけど、
以外に塩分以外でおいしく味付けやらできるものなんだと実感した。

初めて炊いたでんぷん米でサラダ巻に挑戦。粘り気がなくて巻きづらかったけど味はGood!

2011年10月20日木曜日

入院50日目 次の治療の相談

4回のステロイドパルスが終わったが、結局反応が全然見られなかった。
医師いわく、まだこれから効果がでるかもしれない、もしくはステロイド抵抗性の腎炎なのかもしれないとのこと。
どちらにしてもパルスはもう続けないので、次の治療法を教えてほしいと相談したところ、成人紫斑病から急速進行性腎炎になって治療を行った症例はごくわずかしかないので正直どれがいいか分からないと言われた。いくつか選択肢を与えられて、どれがいいかは自分で決めてほしいとのこと。
なんだか見放されてしまったような虚しさと、本当にこの先良くなるのか分からない不安とが入り混じってなんともやるせない気持ちになった。

選択肢としては、
・IVCY(シクロホスファミド大量静注療法)
→免疫抑制剤のエンドキサンを大量に点滴で入れる方法。副作用のリスクは一番高いが、効果が出る確率も高いと過去のデータから言えるとのこと。いわゆるハイリスクハイリターン。

・MMF(ミコフェノール酸モフェチル)
→最近開発された免疫抑制薬。アメリカでは承認されているが、日本はまだ限られており症例が少ない。

・リツキシマブ
→悪性リンパ腫に効果がある新薬で、日本ではまだ保険適応外で極めて高価。副作用は少なく安全性が高い。

・このまま治療終了して退院を待つ

一回説明を受けただけでは分からないので、いろいろと調べてみた。といえども、どれも読んでいるとリスクが高いような気がする。悩ましい決断だ・・・。
Cr 2.70 GFR 23.0  Protein 10.50

2011年10月17日月曜日

入院47日目 パルス終了

3日間のパルスが終了し、朝から血液検査と尿検査。あんなに頑張っているのに、結果は悪くなっていた。
尿の量は減少し、色も黄土色に少し血が混ざったような色。ムーンフェイスもきつくなっていて精神的に辛い。
あんなに元気だったのになんでと思うことは毎日だけど、前に進まないといけない。そうは分かっていても、ふとしたときに涙が出てくる。いつになったら回復するのだろう・・・。

2011年10月14日金曜日

入院44日目 ステロイドパルス(4回目)

通常なら3回で1クールなのだが、ダーリンの体格が日本人より大きめなので4回目のパルスを決行。
薬物中毒のように紫色の腕・・・朝から針がなかなか入らなかった。
点滴が始まってから腕ははれ上がり、痛みがひどくなってきたので終了後に針を抜く。
いい加減4回目なんだからそろそろいい兆しが見えてもいいんじゃないかと期待している。
Cr 2.41 GFR 26.1 Protein 13.74

2011年10月11日火曜日

入院41日目 リハビリ開始

パルスの効果が出ることなくクレアチニンも蛋白も横ばい。なかなかいい結果が出ない日々で落ち込みが激しくなってきた。赤血球が減少していて貧血、カリウムも少なすぎ。不整脈が続いているため今日は24時間心電図を行う。
むくみが少し和らいだので、本日からリハビリ開始。といってもゆるい自転車こぎや歩行訓練といったところ。

2011年10月7日金曜日

入院37日目 ステロイドパルス(3回目)

今のところ効果は出ていないようだが、パルスが通常一番効果が出るという医師の判断で3回目続行。
前ほど不安になったり精神不安定になったりすることもなく、無事に1日目が終了。
むくみのせいでなかなか血管から点滴が入らず、腕が全体的にはれているが、針は抜かずにこのまま3日間頑張る。

2011年10月5日水曜日

入院35日目 血漿交換(PE)終了

3日間の血漿交換が無事に終了。長いカテーテルが抜かれてようやく開放された様子。
血尿は最近コーラ色からピンク色に変わってきた。
血漿交換のおかげか、少し体内の水分が外へ出てむくみが弱まった感じがする。ただ、尿蛋白はいっきに上昇。
Cr 2.45 GFR 25.6 Protein 12.86

2011年10月3日月曜日

入院33日目 血漿交換(PE)

2回目のステロイドパルスが終わったが、効果がまったく現れない状態が続いたため、パルス3回目を行う前に血漿交換(Plasma Exchange)を行うことに決定。
血漿交換とは、免疫に関与する血液中のたんぱくであるγ(ガンマ)グロブリンを除くために赤血球、白血球、血小板以外の血液成分(血漿)を交換するもの。頚部や大腿部の太い静脈にカテーテルを挿入し、そこから血液を脱血、返血する。
朝からカテーテル挿入の際に立ち会ったが、静脈だけに血液が飛び散ってきて痛々しい姿だった。
3時間ほど透析室で血漿交換をし、これを3日間続ける。輸血と同じような副作用があるので、スタッフみ見守られながら無事に1日目の交換終了。少しでも回復傾向に向かってくれることを祈る!

2011年9月26日月曜日

入院26日目 精神不安定な毎日

早朝にベッドの角で足を引っ掛けて転倒。鼻を強打したが幸いにも骨は折れなかった。血液検査ではまたもクレアチニン横ばい。ステロイドが効いてないのか、もっと後から効果が出てくるのか分からないが、精神状態不安定が続く。

2011年9月23日金曜日

入院23日目 ステロイドパルス(2回目)

今日から3日間、2回目のステロイドパルス。前回ほど不安な表情ではなかったが、顔はムーンフェイスで気分が悪そう。足の浮腫に加えて右ひじから手のひらまでも腫れている。尿もまだコーラ色のままだ。

2011年9月20日火曜日

入院20日目 原因不明の血便

血便が続いているので、腸の内視鏡検査を行ったが、どこから出血しているのか原因は分からず。水分制限は1000mlから1500mlへと上がったが、足やお腹のむくみは全く減らず、このまま水分量を増やして大丈夫なのかななんて少し不安になった。

2011年9月18日日曜日

入院18日目 胸水減少

3日間のステロイドパルスが終わり、昨夜から血便が始まる。腹痛もあり、見ているとしんどそうな様子だった。胸部レントゲンの結果、入院初日よりも胸水が減っていた。

2011年9月15日木曜日

入院15日目 ステロイドパルス(1回目)

今日からステロイドパルス(1回目)開始。3日間点滴で大量のステロイドを入れるのだが、わりと副作用が少ない治療方法らしい。ステロイドの副作用と言えばムーンフェイス。2日目あたりから顔が丸くなり始めた。気分のムラも多く、怒ったり泣いたりと大変だった。

2011年9月14日水曜日

入院14日目 誕生日

今日はダーリンの誕生日。お祝いしてあげたかったけどそんなムードではなかった。なぜなら腎生検の結果が出る日だからだ。16時に先生たちと病室で今後の治療について話し合った。
正式な病名は半月体形成糸球体腎炎。(急速進行性糸球体腎炎
長ったらしい病気の名前を聞くのは初めてだったが、先生たちの表情からしてよくない状態であることは察することができた。成人で紫斑病からこの腎炎になるケースは極めて少なく、あまり症例がないらしい。早速明日からステロイドパルスを始めるということで、ステロイドの副作用をいろいろと説明してもらった。マジカルな薬であるだけに、副作用もかなりある。聞いていると恐ろしくなるが、腎炎をとめるのが先決なので明日から頑張るしかない。
Cr 2.75 GFR 22.2 Protein 10.45

2011年9月12日月曜日

入院12日目 検査が続く毎日

レントゲン、心電図、血栓を調べる超音波検査、眼科、歯科などの検査が毎日続くばかりで、まったく回復の兆しがない。足の浮腫みもひどく、コーラ色の血尿が続く。寝たきりなので体力もすっかりと落ちてしまい、先行きがどうなるか分からない不安で精神状態がとても不安定。
Cr 2.85 GFR 21.9 Protein 8.5 体重 106kg

2011年9月7日水曜日

入院7日目 腎生検

今日は15時から腎生検を行った。腎生検とは、背中から針を刺して腎臓に届かせ、組織の一部を採取して顕微鏡で調べる検査。これを行うことによって今後の正確な治療法が分かるそうだ。
今日の血圧は正常、尿はまだコーラ色で泡が立っている。泡が立つのは蛋白が出ている証拠だからよくない兆候だ。
腎生検は1時間ほどで無事に終わったが、その後絶対安静にしていなければいけない時間が辛そうだった。
Cr 2.98 GFR20.8 Protein 8.68

2011年9月5日月曜日

入院5日目 先行き不安な日々

ようやく血便がおさまった。貧血がひどくてアルブミンの点滴をしたものの、5分ほどで拒否反応が出て中止。水分制限は500mlで食事は3分食なので、みためほぼ流動食に近い。精神的にも不安定が続き、夜眠れないので睡眠薬を始める。
Cr 2.85 GFR21.9 体重112kg

2011年9月1日木曜日

入院1日目 入院生活の始まり

朝2時に救急車で到着し、HRセンターでレントゲン、血液検査、尿検査を行い、その後輸血。相当な貧血だったらしく、医師も出てきた血液検査の結果にビックリしていた。
早朝に入院の手続きをとり、とりあえず救急センターで点滴と輸血を続け、その後病室に移動。
この日が長い入院生活の始まりであった。
Cr 2.43 eGFR 26.1 Protein 13.71 体重114kg
クレアチニンと腎臓機能について放送してました ~NHKためしてガッテンより~

2011年8月31日水曜日

日本帰国→救急車

前日の夜に激しい血便が始まり、また帰国できなく病院行きになるのかと不安になったけど、とにかく日本に帰りたい一心でスワンナプーム空港まで向かった。ダーリンは貧血気味で腹痛もまだ続いており、歩行困難だったため、空港カウンターから車イスを用意してもらった。ラウンジで横になり、そのままフライトを待っている間がすごく長く感じた。こんなに日本に帰りたいと思った旅行は初めてだった。
6時間後、日本の空港に着陸。やっと言葉の通じる、医療先進国に着いたんだ!という安堵の気持ちで涙が出てきた。
約1ヶ月ぶりの我が家に到着したのは深夜。滞在時間わずか10分足らずだったが、ダーリンの状態を見て、朝まで待つのは危険だと判断し119に電話。15分後に救急車到着。
親切な救急隊員がいくつかの病院に連絡をしてくれたが、症状が複雑過ぎて断られ続け、15分後にやっと受け入れの病院が決まった。

2011年8月27日土曜日

タイ/パタヤ(Pattaya, Thailand)

結局状況の説明はされることなく、内服薬が大量に処方されて、本日退院。10日間の入院だった。腎臓内科の先生からは、腎生検をした方がいいと勧められたが、ここの病院ではできないので翌日に別の病院へ来るように地図を渡された。タクシーで1時間くらいらしい。英語もままならない先生+そんな遠くの病院で腎生検なんてとんでもないことだ。診断書と処方した薬の明細をくれと頼んだら、診断書はくれたものの薬の明細はプリントアウトするのに1枚100円ほどかかるだってさ。高い薬代こっちが払ってるんだから、どんな薬を投与したかこっちに知る権利があるのが常識でしょうが。こんなお金儲けのことしか考えていない病院なんか忘れて早く日本に帰りたい。ダーリンは体力が落ちて、体重は25kgも増え、歩行は困難な状態。
速攻日本行きのチケットをネットで手配した。
Cr 2.5 BUN 80
悪魔のお会計。英語もろくにできないのにインターナショナルなんて名前付けないでくれ!

2011年8月20日土曜日

タイ/パタヤ(Pattaya, Thailand)

今日ようやく腎臓内科の先生が来て診察を受けた。血液検査と尿検査の数値を見て、なにやらタイ語で看護婦に説明をして部屋を出て行った。またしてもこちらに説明がない・・・・。一体どんな状態なのか不安が募るばかりだったので、先生をつかまえて質問してみたら、この先生英語がカタコトしか話せない・・・・。
とりあえずステロイドを点滴で入れるところまでは理解できた。が、他にどんな薬を内服するだとか、状況の説明は全くなし。もう病院を変えるわけにもいかないので、このまま回復してくれることを祈って様子を見守ることにした。
8/21 Cr 5.2 BUN74
8/22 Cr 4.5 BUN82 体重117kg

2011年8月19日金曜日

タイ/パタヤ(Pattaya, Thailand)

入院して3日目。血液検査から腎臓が良くないとは聞かされていたが、初日に腎臓内科の先生が来るのは3日後だからそれまで治療は始められないと言われたので、痛み止めの点滴と胃の内視鏡、輸血のみが行われた。(輸血はこっちの合意もないまま勝手に始まっていてかなりビックリしたのだが。)かなりお腹の痛みがひどいようで苦しそうにしていて、食欲ももちろん無し。それなのに、お金をとることしか考えていないスタッフは、のんきにタイ料理のメニューを持ってきて、Would you like something to order?だってさ。全くあきれるばかりだ。
後々考えると、この治療待ちだった3日間がかなり腎臓へダメージを与えていた。

2011年8月17日水曜日

タイ/パタヤ(Pattaya, Thailand)

翌朝、ダーリンの腹痛が復活。かなり激しい痛みが時折やってくるらしく、歩行することも困難なくらいだった。痛み止めの内服を飲んでも効き目がないので、すぐ近くにある病院へ行くことにした。
ロビーでタクシーを呼んだけどなかなかつかまらず、ベルボーイがつかまえてきてくれたのがソンタオ。パタヤではタクシーよりソンタオの方が主流で、道端で手を上げると止まってくれ、ブザーを鳴らせば好きなところで降りられる。一方通行ならではの便利なシステムで、料金は一律10バーツ。
病院までは車ではわずか1分足らずで着く距離。早速運転手に料金を交渉したところ、ダーリンが痛みをこらえてうずくまっているのを見て、ここぞとばかりに300バーツだと高値を突きつけてきた。
3分後に病院に到着し、急いで救急センターへ。やる気のないタイ人の看護婦が無愛想に観に来て、その後医師が診察。とりあえず即入院した方がいいとのことで、点滴の後で病室へ運ばれた。
ダーリンの体が今どんな状態なのかは全く説明がなかった。説明があったのはお支払いの会計システムだけ。点滴を打ちながらただただ痛みをこらえて1日が過ぎていった。
(病院名:Pattaya International Hospital)
Cr 2.2
入院ベッドでの撮影。紫斑は足の裏まで激しく広がっていた。

2011年8月16日火曜日

タイ/パタヤ(Pattaya, Thailand)

腹痛がおさまって旅の最終目的地、パタヤへ移動。日本に帰国することも考えたが、ダーリンの関節が腫れすぎていて飛ぶのが実質不可能な体の状態だった。
パタヤビーチへはもう7年前から毎年来ている。バンコクよりも全体的に物価が安いし、のんびりもできるし、夜は夜でにぎやかだからだ。3年前に両親を連れてきたらすごく気に入ってくれて、それ以来旅のエンディングはいつもパタヤ。
今回も行きつけのホテルで顔なじみのスタッフが出迎えてくれた。腹痛がおさまっているのでもしかしたら紫斑病が回復に向かっているかも?なんて期待を寄せたが、その期待は翌日見事に裏切られるのであった・・・・。
夕方のスコール。あたりが急に暗くなって激しい雨が降ってきた。

2011年8月15日月曜日

タイ/バンコク (Bangkok, Thailand)

早朝にチェックアウトを済ませてダーリンを迎えにタクシーを拾う。病院に到着後、支払いを済ませて救急センターへ。無事に鼻血が止まっていたので、親切な医師とスタッフにお礼を言ってホテルへ戻り、両親を乗せて空港へ向かった。向かっている途中で、ダーリンが激しい腹痛に襲われていたが、本人の希望で飛行機に乗った。4時間後にはバンコクだからそれまで頑張って!と祈るばかりだったが、機内ではもう冷や汗が出てきてうずくまるくらいの激痛ぶり。運悪く満席だったので横になることもできず、ひたすら時計を見ながら空港に着くのを待ち続けた。
バンコク到着後、すぐさまタクシーで病院へ向かった。これで5つ目の病院。
(病院名:Bumrungrad International Hospital)
救急で入ったのにかなり待たされ、20歳くらいのエリートぶった男性の医師が現れた。とても上から目線で、ダーリンが痛みで苦しんでいるのに痛み止めの注射すらもったいぶってなかなか打ってくれない。”レントゲンと超音波検査をするなら痛み止めを打ってもいい。ただしお金がかかる。”と言われた。さすがタイ人だ。そんなことより痛みを止めてくれと言いたかったが、ぐっとこらえてまず会計へ。支払いが済んだらダーリンをレントゲン室へ運んでくれた。
特に異常もなく、腹痛の原因は分からないままモルヒネを打って夜中に診察終了。まったく役に立たない医師だった。

2011年8月14日日曜日

インドネシア/バリ(Bali, Indonesia)

あれから安静にすること4日。ダーリンの食欲は無くなっていき、毎日だるさと関節の腫れ、痛みが続いていた。薬を飲んでも改善する様子はなく、紫斑は手のひら、足の裏まで広がってきていた。
そんな中、朝起きると赤いティッシュの山が・・・。夜中から突然鼻血が出始めて、止まったかと思ったらまた出続けている。少し様子を見ていたが、あまりにも止まりそうにないので、友人のインドネシア人の助けを借りてまたもや病院へ。運悪く日曜日の夕方なので、救急を取り扱っているデンパサール一大きい現地の病院へ向かった。
(病院名:SANGLAH DENPASAR)
病院内は日本では考えられないくらい古びていて設備も汚い。鼻血を拭くティッシュすらおいてないので、近くの売店へトイレットペーパーを購入。インドネシアは日本の病院とシステムが全く違っていて、先に薬や注射針などの支払いを済ませ、現物を窓口でもらってからそれを医者に渡すのが普通らしい。医師が来て点滴やら止血処理をしてくれたがなかなか止まらず、何度も鼻に詰めたガーゼを交換していた。”今日はここで朝まで様子を見た方がいい。鼻血が止まらない原因を調べよう。”ということになり、夜中の1時にダーリンを残してホテルへ帰った。翌朝のフライトだったので荷物をまとめていると部屋の電話が鳴った。ダーリンからだった。病名が判明した!メモしてくれ!と言われ、綴りを紙に書き留めた。”Henoch-Schoenlein Purpuraという長い名前。なんじゃこりゃ?聞いたことのない名前と見たことのない英語の綴り。部屋にネットがなかったので、仕方が無く疲労困憊した体を休めることにした。
ホテルのロビーで朝に撮影。もちろん鼻にティッシュを詰めながら。

2011年8月10日水曜日

インドネシア/バリ(Bali, Indonesia)

ウブドからデンパサールへ移動し、紹介状をいただいた病院へ向かう。
(病院名:Kasih Ibu Hospital)
血液検査を行い、皮膚科の先生が診察。
ここでも、”これはきっと動物(たぶん牛)を刺す虫からの感染でしょう。虫刺されでアレルギー反応がひどく出ているためだと思われます。薬を飲んで安静にしていれば自然に治っていくでしょう。”と虫刺されの診断。また内服薬と塗り薬をもらって終了。
ここまで虫刺されがひどい状態もどうかと思ったけど、3つ病院を受診してみんな同じ結果なので虫刺されと信じるしかなく、そのままホテルで安静にすることに。
クタビーチで撮った夕日。とってもきれいで見とれてしまった。。。

2011年8月9日火曜日

インドネシア/バリ(Bali, Indonesia)

今日は夕方から激しい腹痛が起こり、それに伴って激しい血便が出始める。横になってうずくまって背中を丸めながら痛みをこらえていたけれど何もしてあげられないので、とりあえず薬が効いてくるのを待ち、少しおさまったところで夜遅くに近くにあったクリニックへ。
(病院名:Ubud Clinic)
先生は女医でとっても親切でしたが、田舎のクリニックだけに設備が整っておらず、簡易版の血便検査をとり急ぎ実施。待つこと2時間。結果は陰性なので、食中毒とか食あたりではないとのこと。原因が分からないので大きめの病院で診察を受けた方がいいと先生が紹介状を書いてくれた。
翌日からロビーナへ行く予定だったが、急遽予定変更して宿をキャンセルし、空港近くのクタへ戻ることに。このとき紫斑は膝のあたりまで広がっており、足首だけでなく手首が腫れ始めていた。
朝起きてすぐなのでまだ足首はそれほど腫れていなかった。が確実に斑点が広がっている。
ウブドの観光名所のライステラス。3年前に来たときとなんら変わりなくひっそりとしていた。

Sangeh Monkey Forestは観光客も少なく穴場。猿は200匹ほどいるらしい。

2011年8月8日月曜日

インドネシア/バリ(Bali, Indonesia)

スラバヤを後にしてバリ島へ移動。着いてから予約していたレンタカーを借りてUbudへ向かった。ダーリンは足の腫れがまだ引かずに痛そうでしたが、運転できるというのでそのまま続行。ウブドについたころには疲労困憊で、夜にさらに痛みが増していたけれど、痛み止めと内服薬を飲んで休息。
スラバヤの空港内で撮った写真。気圧が変化すると腫れがひどくなるので正直飛行機に乗るのが怖かったが、せっかく楽しみにしていた夏の旅行ということで続行。
ウブドのバンガローから見えたほのぼのする田舎の景色。

2011年8月6日土曜日

インドネシア/スラバヤ(Surabaya, Indonesia)

翌日にスラバヤの病院へ行き、皮膚科で診察を受けた。
(スラバヤの病院:ADI HUSADA UNDAAN WETAN)
先生はおじいちゃんで、足を見るや否や、”うーん、これはひどい虫刺されですねぇ。安静にしていれば治っていくでしょう。”とあっさり虫刺されの診断。内服の薬と塗り薬を処方されて終了。
この日からその言葉を信じて薬を飲み始ることに。
いい天気だったのでホテルのプールサイドで安静にしながら撮った写真。結構紫斑がひどくなってきている様子が分かる。(この時は紫斑病の存在すら知らなかった・・・)

2011年8月5日金曜日

インドネシア/スラバヤ(Surabaya, Indonesia)

バンコクからインドネシアのスラバヤへ移動。スラバヤは昔ダーリンが仕事で住んでいたこともあって、久しぶりの訪問を楽しみにしていたのだが、フライトの途中で様態が急変。足首がひどく腫れ上がって斑点が紫色になり広範囲へ広がっている。夜中に到着後、痛みをこらえながらタクシーでなんとかホテルへ移動したものの、着いてすぐに40度の高熱が。。。ホテルのスタッフに事情を話したら、すぐに車で救急病院へ搬送してくれて、病院ではインドネシア語の通訳までしてくれた。素晴らしいスタッフの対応に感動!
(ちなみに泊まったホテルはHotel Majapahit)
熱下げと痛み止めの注射をしてもらい、結局ホテルへ戻ったのが夜中の3時過ぎだった。
ホテルのお部屋はこんな感じでした。
翌朝、一緒に連れていった母が誕生日だったのでサプライズケーキをリクエストしておいたところ、スタッフ全員でハッピーバースデーの歌って祝福してくれた。またもや素晴らしいスタッフに感動!

2011年8月4日木曜日

タイ/バンコク (Bangkok, Thailand)

インド、ニューデリーを夜中に出発して早朝にバンコクへ。
この時、足首あたりの斑点が少し上に広がっていたものの、まだ小さな虫刺されのような跡だったのでそのまま虫刺されのクリームを塗って放置。体は疲れやすくなっていたけれど、きっと移動のせいだろう。バンコクでマッサージに行き、一日リラックス。
スクンビッドsoi8にあるホテルのプールから撮影。

2011年8月3日水曜日

インド/ニューデリー (New Dehli, India)

インドのニューデリー旅行中、ダーリンの足首のあたりに突然虫刺されのような斑点が出現。
確かに酷暑で蚊が多かっただけに、きっと虫刺されだろうと2人とも思ってそのまま放置。それよりも予想以上に不衛生な環境、悪臭、嘘つきな人の多さにびっくり。
街中で荷物を運んでいる牛。かわいいんだけど、路上のあちこちに糞が・・・。
ここは男性用の公衆便所。ただの壁だけで穴もなく、周辺の匂いはかなりキツイ!
ここはデラックス公衆便所。料金を払うと綺麗な?トイレで用が足せます。
アグラの街中で猿の群れ発見。
猿やら牛やらいっぱいいる中、ごみ山に猪が・・・。